小さな頃から月が好きだった。
きっかけと言えば只それくらい。
落ちた月
言葉にするならば、その出会いは衝撃。
それが視界に入った瞬間に綾部は思考が、感覚が、自分の全てが吹っ飛んでしまうような思いをした。
そうして、ほとんど反射的に。
あるいは、本能的に今しがた「それ」と話していた友人の肩を掴んだ。
「――――――ッ滝!!」
比較的温和で常に冷静であり、感情の起伏の薄い綾部にしては珍しく荒くなった声。
「今の!誰!?」
しかし今の綾部にとってそんなことはどうでも良いのだろう。
友人の珍しい様子に戸惑う滝夜叉丸にかまわず、綾部は問いただす。
「今の!やけに綺麗な子!」
「は?綺麗?誰がだ?」
「それは僕が今聞いているんだろ?ほらさっきの珍しい髪色の」
「ああ。田村三木ヱ門か?」
「田村?田村三木ヱ門って言うの?何組み?」
「ろ組だが・・・おい!喜八郎?」
それだけ聞くなり綾部は廊下へ飛び出し、全速力で駆け出す。
後ろで滝の制しする声が聞こえたような気もしたがかまっていられない。
ろ組は次の時間から確か実技だ。今追いかけなければきっと今日中に会うことはできない。
明日まで待つなんてこともきっとできない。
階段を降りるのすらもどかしく、半分の段数のあたりから飛び降り校庭へ続く渡り廊下をひた走る。
走る。
走る
求めていた影が見える。
「――――――田村君ッ」
当たり前のように、呼び止めた声に振り向かれる。
そうして、綾部の眼に彼を構成する色彩が入る。
満月の柔らかさを持つ金糸の髪。
真昼の真珠を思わせる白い肌。
夕暮れの月が映える瑠璃紺の眸。
その全てが月を具現したような彩(いろ)で。
綾部はその落ちてきた月を抱きしめずにはいられなかった。
ある昼休みの出来事だった
了
綾三木初対面話。
うちの綾部は行動的で情熱的過ぎる気がする。
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