両腕で肩を抱きしめるように膝を抱え、顔を伏せなるたけ声を立てぬようしゃくり上げ、時折盛大に鼻水を啜りつつ嗚咽を上げ瞼を擦る。 それはまるで何かを堪え忍ぶような、少なくとも俺達の前ではずうっと涙を堪えていたのだなと、はっきりとわかる何とも痛々しくて、切なくなるような泣き方だった。
誓い 後編
「夕餉前、若旦那のおかしかったのはこのせいか」 俺は拳を握り力なく呟く。 今更ながら、この戦の間中若旦那の泣く姿を見ていなかったことに漸く気付いたのだ。 生まれ育った故郷が戦に巻き込まれる。 普通の子供なら震え上がるような状況で、まだ、たった十の子供でありながらそれでも若旦那は涙を見せなかったことに。 いや、それどころかたった一人で、ドクタケの関所を越え忍術学園に援軍を頼みに馬を走らせご学友とドクタケの偵察にいき石火矢まで奪って戻ってきた。 幼いながらも村を守ろうとする行動力と心意気。そして人の上に立つ者としての強さ。 そう言ったものを戦での若旦那は既に表していた。 そんな若旦那の様子は、流石親方の息子さんだと村の多くの人間を動かし勇気づけていたように思う。 だからこそ、全然気付かなかったのだ。 たった十の子供が戦の間中まったく泣き顔を見せなかったと言う不自然さに。 いくら気が強いとは言え、弱音一つこぼさなかったことに。 それが村の一大事だから心配かけまいと子供ながらに気を使い、無理をしているだけと、俺達は全く気付かなかった。 たった今、泣いている若旦那の姿を見るまで疑問すら持たずに。
おそらく親方に似て大雑把ではあるけど、意外と人の気持ちに聡いところのある若旦那は、幼いながらも気付いていたのだろう。 馬借が強い力を持つこの村の馬借の親方の息子として、泣いている間があったら、村のために動かねばいけないことに。 そして親方の子として、自分に出来る限りの自分の背負っている責任というものをきっちり果たすために働き続けてきたのだろう。 男気溢れる若旦那のことだから、それが当然のことだと受け止めて。どんなに怖くても、泣きわめきたいくらい不安に押しつぶされそうでも。
「少しくらい泣いて下さっても構わなかったのに・・・」
からり、と乾いた音を立て棒きれが地面に転がった。 俺は棒きれを手放してそこから離れた。 ・・・此処で泣いていたことを俺が見ていたことをしったら若旦那の心意気を全て台無しにしてしまうから。 これ以上若旦那の気持ちを踏みにじっちゃいけない。 そう思い俺はその場を離れた。
村はずれの森のあたりまで走れるだけ走った頃には月はすっかり天にまで昇っていた。 俺は草に寝ころび、天を仰いだ。 じわり。 溢れ出した涙で視界が歪み月が滲んだ。 俺はそれを拭う。しかし涙はあとからあとから止めどなく溢れ出し止まらない。 泣かずにいられなかった。 若旦那の気丈なまでの想いが切なくて。 だが、それ以上に情けなかった。 守らなくてはいけない、自分の主人となるあの子に気遣われていたことが。 そしてなによりそのことに気づきもせず、あの子を一人で泣かせていた自分自身が悔しくて情けなくて仕方なかった。 本気で強くなりたいと思った。 まだまだ幼いにもかかわらず、強くあろうとするあの子を支えられるくらいの強さが本気で欲しいと思った。 本気で強くなろうと思った。 もう、一人で泣かせてしまわぬように。 深く、深く自分の胸に決意を刻んだ。 月だけがその誓いを見ていた。
幕
うちの清八さんは若旦那に対して夢見がち過ぎと言う話(そんな)だからしばしば大事なことを見落とします。若旦那は若旦那で意地っ張りなので人前じゃ泣きません。
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