「滝!見てよ!金色だ!」

知っている。というか見ればわかる。

「凄い!凄いよ!びっくりした!!」

どちらかと言うと、お前の行動のほうにびっくりだ。

「どうしよう、凄い嬉しい。初めてだ。こんなの」

そうか、私もそんなに浮かれきったお前を見るのは初めてだ。

「凄い、綺麗。お月様が落ちてきた、みたい」

私としてはこれ以上なく珍しいお前の満面の笑みにまずは何処から突っ込めばいいかわからないぞ喜八郎。















2、太陽は苦悩する。















珍しく親切心を出したのがまずかった。
校庭の光景を見るなり、滝夜叉丸はもうすぐ授業も始まると言うのに教室を飛び出した友人を呼びにきた自分の行動を後悔した。
それもそのはず、教室を飛び出した友人――――――綾部喜八郎。今のところ自分の一番の友人である――――――は自分の好敵手――――――田村三木ヱ門――――――を公衆の面前(校庭)で、満面の笑みを惜しげもなく晒し抱きしめていた。
よっぽど三木ヱ門が気に入ったのだろうか。そのまま頬やら額やらに口付けでもしそうな勢いで。
片や、三木ヱ門のほうはと言うと男に抱きつかれるという何とも言いがたい出来事に、面食らったまま固まって動けないでいる。
静かな三木ヱ門。自分の記憶の限りでは大変珍しい光景である。
それこそ某体力底なしの委員会の先輩が疲労困憊で倒れる姿や、某練り物嫌いの教師がおでんを堪能する姿くらい在学中に見られるとは思わなかった。
只単に精神衛生を保つため意識をかなたへ飛ばしただけのようにも見えるが。
むしろ、滝夜叉丸自身この信じられない光景にめまいを覚えていた。
正直このまま他人の振りをして逃走したい。
何も見なかったことにして、夕日に向かって駆け出してやろうかとすら思う。現実逃避に。
しかし、残念ながら実行に移そうとしたその瞬間。

「滝!見てよ!金色だ!」

校庭中に響きそうな声で自分の名を呼ばれ、真夏の太陽のごとく輝かんばかりの笑顔向けられてしまった。
そしてその声によって彼岸へと旅立ち始めていた三木ヱ門もこちら側へ意識を取り戻したようである。
そのまま極楽浄土でも何処へでも行っていればよいのに、と滝夜叉丸は思わず舌打ちをした。

「滝夜叉丸!お前の知り合いか!?」

やはり校庭中に響き渡りそうな声で名指しで呼ばれた。
・・・まずい。
こうなると逃走でもしようものなら、振り返るまで追いかけてくるに違いない。
もちろん、わめき始めた三木ヱ門を小脇に抱えて。
悪目立ちこの上ない、と言うより男が男を抱えて寄ってくるなんてきつすぎる光景だろう。精神的に。
しかし残念ながら今の綾部はそんなことを気にしないに違いない。
現に今現在、凄い凄いお月様みたいだろうと小さな子供のようにはしゃぎまくっている。
いや、確かに三木ヱ門は月のようなと形容できるような見事な金髪で、珍しい色をしているがそこまではしゃぐほどのことではないだろうと言いおうとして、滝夜叉丸はグッと言葉を飲み込んだ。
元々綾部の月に対する執着は凄まじい。
中庸(中秋の名月)の時はもちろんのこと普段から暇さえあれば空を眺め、月に関わる書物を片っ端から読み漁り、その日の月の入りを聞けば月齢まで即答し、未だ本気で月をこの手でつかめたらいいのにと五月蝿い人間である。
それこそ手近に月(によく似た髪の色の人間に過ぎないのだが、綾部の基準としてはそれだけでも奇跡の産物なのだろう。多分)を発見したとなれば興奮するなと言うのが無理な話だ。
そして綾部は基本的に淡白な性質だが、彼には実は気に入ったものほど周りに紹介せずにはいられないと言う割と迷惑な嗜好というか習性がある。
そしてどういうわけか自分は彼にとって親友に分類される人間だ。
実際にこれまでも、気に入った蕎麦屋にゆっくり休みたかった休日に引き摺られていったり、面白かったと言う本を10冊まとめて持ってこられたりとこちらのの都合を考えず紹介されたことが何度かある。
律儀にもその全部に付き合ったりするため、何度も付き合わされていることに滝夜叉丸が気づいていないせいでもあるのだが。
只でさえ気に入ったものを紹介するのが好きなのに、それが月に関するものとなれば梅干を見て唾液が出たり、沸騰した薬缶に触ってしまったとき手を引っ込めるように、周りの心情を察することを放棄し反射的に行動するに違いない。
目立つことは好きだが、流石にそんな目立ち方は嫌だ。
学園長のブロマイドセットを押し付けられるくらい嫌だ。
というより、巻き込まれたくない。
心の底から巻き込まれたくない。ほとんど本能的に。
と、なると取るべき方法は一つである。


「喜八郎・・・」
「うん?どうしたの?滝」
「随分三木ヱ門が気に入ったようだな」
「うん。こんな綺麗なお月様色の人を見たのはじめてだもの。凄い綺麗。心の臓が早鐘みたいに脈打って幸せな気持ちで一杯なんだ」
「そうか、ではもうすぐ授業なので満足したら速やかに教室に戻るようにな。私は先に戻る」
「うん、わざわざ探しに来てくれて有難う。君の友情に感謝するよ」
「おい!こら待て滝!お前コイツを呼び戻しにきたんなら責任持って連れ帰れ!!」
「何、お前の月に対する愛情は私も良く知るところだ。精々満喫して普段どおりのお前に戻ってくれ。なるべく早く」
「うん、そうだね。こんなにずっと胸を高鳴らせていたら心の臓が疲れてしまいそうだものね。いつもどおりになるよう努力するよ」
「おい!さらりと無視するな!」
「・・・・・・では、邪魔にならないうちに私は去ってやろう。また後でな、喜八郎。そしてさっさと諦めたほうが身のためだと忠告して置くぞ三木ヱ門」
「って、諦めろって何をだ!そして忠告なんて良いからコイツを連れて帰れ!」
「じゃあな、健闘を祈る」
「うん、任せて」
「おい!だからそれはどちらに向けた言葉だ!滝!滝〜!!」


三木ヱ門の切実な断末魔の叫びを背に、滝夜叉丸は振り返ることはなかった。
その後、綾部と三木ヱ門恋仲説が学園中に広まったのは言うまでもない。

































落ちた月後の綾部と三木と滝の話。
結局三木ヱ門が可哀想で滝夜叉丸が巻き込まれては放り投げるのな、うちの綾三木。
















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