ばけものは嘆いたよ。 自分の存在が人間を滅ぼしてしまうことに。 ばけものは嘆き続けたよ。 自分の牙で自分の肉を裂き、自分の爪で自分の肉を抉りながら嘆き続けたよ。 こんな醜い自分なんていらないから人間を滅ぼさせないでくれ。 自分の存在のせいで大切なものを失うのなら自分なんていらない。 と、何度も何度も傷つけて化け物達の血でまみれた手を今度は自分の血でまみれさせたのさ。 自分では、死ぬことも出来ないのに、ね。 やさしいばけもの3 勝利者である自分さえいなくなれば世界は壊れずに済む。 だからばけものは自分を殺そうとしたよ。自ら肉を裂き、骨まで抉って死のうとしたよ。 うん、ばけものにとってもう既にこの世界は自分の命よりずっとずっと大切なモノになっていたのさ。 でも、それは全く無駄だった。 当然だね、ばけものは何ももっていないから寿命と言うものさえもっていないんだ。死にたくても死ぬことなんて出来なかったのさ。 だからばけものはこの世界で唯一自分を殺すことの出来るモノに、自分を殺してくれるよう頼んだんだ。 唯一の全てを知った上での友人である化け物退治をしていた青年に。彼の力ならば不死のばけものを消すことが出来るからね。 『世界のために自分を殺せ』 言い換えればそれは世界のために友を殺すと言うこと。 青年にとってそれはとても辛い辛いことだと、もうばけものにも分かっていた。ばけものもすでに殺すことなんて出来ないくらい青年のことを好きになっていたからね。 けれどそれ以外の選択肢なんて浮かばなかった。だから、ばけものは青年に頼んだよ。 このまま大切な者達が自分のせいで死ぬ前に自分のことを殺してくれと。お前が一緒に守ろうとしてくれた世界を自分の存在で壊してしまう前にお前の手で殺してくれと。ばけものは青年に頼んだのさ。 静かに静かに笑いながらね、大切な「人間」で「友達」である青年の手にかかるなら、こんなに幸せなことはないと今まで幾多の化け物を殺してきた牙の生えた口で笑いながらね。 そして静かにうなだれて目を閉じたのさ、青年の剣を振り下ろされるために。 もう、大好きな親子の笑顔を見ることも出来ず、青年の温かな手に触れることもできなくなってしまうことはとてもとても残念だったけれどね。 ばけものは自分の存在よりも自分が触れた一時の世界の存在を、その幸福を選んだのさ。 何よりも、その存在のそばにいたかったにもかかわらず。悲しい選択さ。 でもね青年の剣の刃はいつまで立ってもばけものに届くことはなかったよ。 何故かって?それはね。 「・・・要はお前が勝利者でなくなればいいんだろう?」 青年が奇跡を起こしたからさ。 「なら、俺がお前の『敵』になるよ」 化け物を消すことの出来る力を全部使って、青年自身を化け物にするという奇跡をね。 『敵』がいるかぎり戦争は終わらないから。戦争が終わらなければばけものの最初の願いがかなえられることは無いから。 「ほら、これでお前は勝利者じゃなくなった」 青年はばけもののために自ら化け物となり、化け物の『敵』になったのさ。 ばけものがそんなこと喜ばないとわかっていたけれど。 世界もばけものも守るために、青年は化け物になったのさ。そしてばけものの『敵』として言ったんだ。 「それじゃあ、さよならだ。俺は逃げるよお前とはもう『敵』だから」 世界で一番優しく悲しいお別れの言葉をね。 『敵』では一緒にいられないから。 ばけものが他の大好きな人たちと一緒にいられるように、青年はばけものとばけものが大切にしている人たちからもさよならしたんだ。ばけものがもう独りで泣かなくていいように。 青年だって、化け物にとって大切な大好きな『友達』だったのに、ね。 『友達』だから、大好きだから、彼らは永遠に離れなきゃいけなくなったのさ。 そうしてばけものは人の世界でひっそりと戻っていったのさ。 青年が起こしてくれた『奇跡』を受け取って、人間にはなれなかったけれど人として生きていく道を選んだんだ。 そうして彼らは今日も同じ空の下お互いを想いあっているんだよ。 もう絶対に会うことの出来ない『やさしいばけもの』のことを、ね。 了 戻る
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