むかーしむかし、ひとりぼっちのばけものがいたんだってさ。





やさしいばけもの





ばけものはね、神様が起こした戦争に参加していたんだ。
それは勝ったら勝利者の願いが何でも叶うという戦争でね、沢山の化け物が参加していたんだ。何でかって?化け物達はそれぞれ自分の種族の繁栄を望んでいたからさ。だから沢山の沢山の化け物が日々戦い続けていたんだ。
ばけものもね、その一人だったんだよ。でもね、一つだけ違っていたことがあるんだ。
それはね、ひとりぼっちのばけものには願い事なんて何一つなかったんだ。
じゃあ、何故戦ってたのかって?
そうだねえ、それは僕にもわからないな。
ばけものは死ぬことが出来ないし、とってもとっても強かったからこんな戦いでもなければ牙をもっていてもその牙をむく相手もいなくて、長い長い時間が退屈だったのかも知れないし、戦うことが本能だったからかもしれない。
もしかしたら理由さえも無かったかもしれない。ばけものには心が無かったからね。
でもまあ、ばけものは戦い続けていたんだよ。願いのない自分が勝ってしまえば、世界は滅んでしまうにもかかわらずね。


そんなある日のことだった。
ある日ばけものはね、一人の人間の男を戦いに巻き込んで死なせてしまったんだ。
ばけものはそんなこと全然構わなかったけど、男はね自分が死んでしまうことを酷く悲しんだんだ。
愛する妻と娘、つまりは家族がいたのだから当然だね。でも、ばけものはひとりぼっちだったからそんなことはさっぱり分からない。
だからとても興味を持ったんだろう、人間に化けて男の家に行ってみたんだ。








それでどうなったかって?うーん、おとぎ話じゃありきたりの展開っていえば分かるかな?
そう、男の妻と娘はとても優しい人間達でね、ばけものは二人のことがとても大好きになってしまったんだよ。うん、ありがちだね。
でも化け物はそんな気持ち今まで持っていなかったから初めは全然分からなかった。何しろそれまでは心なんて持っていなかったんだから。
まあ、無理もないよね。一度も林檎を口にしたことのない人間に林檎ジュースを飲ませて材料を当てろって言うのと同じくらい無理な話さ。
でも、ばけものは自覚こそ無いけれど男の妻と娘のことが大好きになっていたからね、この二人と一緒に暮らすことにしたんだ。
自分がばけものであることを隠しながら、まるで家族のように。
人間の敵であることを隠しながら、まるで人間のように。
ばけものは人間として暮らしながら、こっそりと戦うようになったのさ。二人だけは傷つけないようにね。
だけどね、それから暫くしてのことさ。
そんなばけものにばけものの持っている気持ちが「好き」という気持ちだと気付かせてくれる人が現れたんだ。
それはね人間を守るために化け物退治をしている一人の青年だった。
最初はね、ばけものはその青年が嫌いだった。
何せ化け物退治をしている青年だからね、ばけものにとっては天敵だからね、好きにはなれないさ。
退治されることが怖かったわけじゃないよ?言っただろう?ばけものはとってもとっても強いって。だから、化け物退治をしている青年といっても返り討ちにすることくらいたやすいからね。
だけどね、青年に自分の正体がばれてしまったら、青年は十中八九自分を退治しようとするだろうからね。そしたら大好きな親子にも自分の正体がばれてしまうかもしれない。そうなったら二人と一緒にいられなくなってしまうだろう?ばけものは人間の敵だからね。
いっそ、二人にばれてしまう前に青年を殺してしまおうかとも考えたけれど、青年は親子とも仲がよかったから殺せない。
殺してしまったら二人が悲しむからね。二人が悲しむなんてばけものは嫌だったのさ。
だからばけものは、自分の正体がばれないように警戒していたんだ。
でも、戦争は甘いものじゃないからね。ばけものがいくら強くたって戦っていれば隙が出来てしまうこともあるからね、親子はともかく青年にはすぐにばれてしまったんだ。
でもね、不思議なことに青年はばけものを退治しようとしなかったんだ。
びっくりだね。ばけものも当然驚いたよ。だから青年に何で自分と戦わないのかを尋ねた。
すると青年はね、ニッコリ笑って言ったんだ。
「お前は化け物だけど人間を大切に思っているからさ」
ってね。そうしてばけものの醜い血でまみれた手に自分の手を差し伸べたんだ。青年を傷つけるための爪も牙も化け物が持ち合わせていることを知っていながらね。
全く麗しい友情だ。
そこまでの友情を示されて今までひとりぼっちだったばけものがその手を払えるはずもないよね。
だってばけものはずっとずっと寂しかったんだから。
生まれてから何百年も、何千年も、何万年もひとりぼっちだった化け物は寂しくて寂しくて仕方なかったんだから。
青年の温かな手を振り払うこともできずに、只生まれて初めて強く願ったんだ。
自分を人間にして下さいと。大好きなあの親子や、温かな手を持つこの青年と同じ人間にして下さい。愛おしい者達がいるこの世界を壊してしまうものになんかに自分をさせないでくださいと。強く強く願ったんだ。


まあ、それは叶わぬ願いだったのだけどね。
それはまた、別の話。








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